わたしが長男の障害を受け入れるまで(前編)

はじめまして。わたしは障害児を育てながら事業を始めたべりんごと申します。


障害受容という言葉を聞いたことがあるでしょうか?お子さんに障害があると診断された方は一度はぶつかる壁ではないでしょうか。また、お子さんに障害がなくても、周りに障害受容ができているママ、できていないママに出会うこともあるのではないでしょうか?


今回は、当事者であるわたしが、長男の障害を受け入れるまでの気持ちの変化を振り返り、いま障害受容ができなくて苦しんでいる方の気持ちに寄り添えたらうれしいなと思います。また、周りに苦しんでいる方がいらっしゃる場合も、どのような心境なのか知っていただけるだけでも、とても意味のあることだと思い、発信します。

こんな方に読んでほしいです

  • お子さんの発達が遅い気がしている
  • お子さんの発達のことで悩んでいる
  • 悩みを話せる人が周りにいない
  • どうしても障害を受容できない
目次


障害受容のプロセスとは

一般的に、障害受容のプロセスは5段階に分かれていると言われています。

  1. ショック
  2. 否認
  3. 混乱(怒り・抑うつ)
  4. 解決への努力
  5. 受容

この5段階は順調に前進するものではなく、行って戻ってを繰り返して、人によっては長い年月が必要な場合もあります。


最初の違和感

長男が周りの赤ちゃんと比べて発達がゆっくりだなと感じたのは、0歳の赤ちゃんのときでした。子育てひろばに行って同じ月齢の赤ちゃんと比べてできることが少ないと感じていました。

初めての子どもだったので、育児書を片手に、この月齢になったらこんなことができる、と知識は持ってたのですが、うちの子は全然できるようにならなくて、「成長は個人差が大きい」という言葉で納得していました。

首すわりや、ねがえり、ハイハイ、おすわり、などの運動面の発達が目安時期より遅いことはそんなに気になっていなかったのですが、別のことで少し引っかかっていたことがありました。

それは、目が合わないということ。

赤ちゃんひろばで出会う赤ちゃんたちはみんなママのことを見つめて笑いかけたり、何か赤ちゃん言葉で話しかけたり、甘えている様子が見られました。

それに比べて、うちの子は、目が合わないし、私のことをあまり気にしてないし、笑いかけても笑い返してくれないし、甘えてこない。私から子どもへの一方的なコミュニケーションでした。それが普通なのかと思っていたので、赤ちゃんひろばで出会った親子の様子を見て、何かがおかしい、と心がざわざわし始めたのです。


闇の検索魔時代

それからというもの、わたしは夜な夜なスマホで検索をしつづけました。「赤ちゃん 目が合わない」「赤ちゃん 発達ゆっくり」思いつく限りのキーワードで検索しました。わたしがほしかった答えは、「赤ちゃんの発達は個人差があるから、いま目が合わなくても大丈夫だよ」という内容でしたが、現実の検索結果は「自閉症」「発達障害」などという言葉。

障害という言葉の破壊力はとんでもないものでした。長男が1歳頃のお話です。このときのわたしは障害受容プロセスの「ショック」にいたと思います。


魔の1歳半健診

ちょうどこの頃マイホームを買って隣の市に引っ越しをしました。勇気を出してママ友をつくったけどすぐにお別れになり、新しい場所で知ってる人もいなかったので、児童館に行ったり親子育てサークルに入ったりと自分なりに努力してました。(対人コミュニケーションが苦手なので本当に神経すり減らしてがんばった。笑)そんな中迎えた1歳半健診。

障害児の集団健診って公開処刑なんですよね。来ている子たちは、ママの横にちゃんと座れる。ママの指示が通る。ママとお話をしている。わたしからしたら信じられないんだけど、これが「ふつう」なの?長男に目をやると、走り回る、指示は通ったことがない、言葉はない、診察が怖くて泣き出す…あきらかに異質な存在でした。あまりジロジロ見てくるような人はいなかったので、それだけは救いでした。(地域差があるようですね)それでも、十分すぎるほどわたしのメンタルは傷つき、削がれていました。

最初から発達相談をお願いしていたので、健診後は保健師さんに普段の様子や困っていることなど相談させてもらって、市の福祉センターでの医師面談予約をとっていただきました。

長い1日が終わり、帰り道では長男を抱っこして泣きながら帰りました。思い出すだけで胸がぎゅっと締め付けられて涙が出ます。


発達専門医との面談

後日、福祉センターで発達専門医にはじめて会いました。ベテランそうなおじいちゃん先生。机の上の紙とクレヨンがおいてあり、長男を膝に乗せて座っていたのですが、先生がお絵描きの指示を出しても当然やらなくて、膝からおりて暴れていました。そんな様子を見ながら、少し母(わたし)にも聞き取りをしはじめたのですが、5分も経たないうちに市の療育施設を勧められました。

そのスピード感にまずはびっくり。「こんな一瞬で障害児認定?」「一部しか見てないのに?」「たまたま調子が悪かったのかもしれないのに?」と頭の中でぐるぐるぐるぐる邪悪な感情が生まれてきました。今思えば、これが障害受容プロセスの「否認」なんだろうと思います。


通所受給者証を取得し親子療育へ

療育に通うために必要な「通所受給者証」というものがあります。これは福祉サービスを受ける際に助成が受けられるものです。相談支援員さんと面談して長男の様子を詳しくお伝えし、相談支援員さんが市に申請をして「この子には療育が必要」と認められたら受給者証を取得できます。何度も面談し、契約し、複雑な手続きを経て、週一回の親子療育への道が開かれました。このときのわたしは、「早期療育はどんな子にとっても良いもの。受けられるのはラッキー!もしかしたら定型発達に追いつくかもしれない!」なんて思っていました。

親子療育の現場で他の親子さんと出会い、一番最初に思ったのは、いろんなタイプのお子さんがいるんだなぁということ。一口に発達障害といっても本当にさまざまなタイプがあり、家庭によって困ってることが全然違うということ。

うちの場合は、その当時は家の中で過ごす分にはあまり困っていなくて、外に出て社会的なコミュニケーションを求められる場面で困りごとが一気に出てくる感じでした。(後に家の中でも問題行動は現れてきますがその話はまた後日。)

そして人知れず悩んでいるママさんたちの存在に気づけたのも自分にとって大きな体験でした。療育に携わる先生や専門家や職員スタッフのみなさんの明るく前向きな関わり方や、希望を見せて勇気をくれる言動に、どれだけ励まされたことか…このやさしい世界を知れたことが私の人生の大きな分岐点だったと感じています。


2歳児で療育を2ヶ所に

通所受給者証を取得するとき、月に何日支給されるかが困りごとの多さによって決まるのですが、うちの場合は「週3回」程度通えるように設定していただきました。

市の療育は週一回しかできないので、もう1ヶ所通わせることにしました。児童発達支援、いわゆる児発と言われる施設を紹介いただいたり探したりして、家から通える施設に通うことになりました。

市の療育は親子で参加する親子療育でしたが、この施設は母子分離で、ST(言語聴覚士)さんもいたので、ST訓練が1日、グループ療育が1日という内訳で通いました。施設探し、施設選び、見学、手続きと契約、療育がはじまったら送迎や面談など、とにかくめまぐるしく忙しかったです。

当時、会社は退職していて個人事業主として申請はしていたものの、ほとんど仕事はできていない状態でした。この一連の流れの中で仕事が入る余地がなかったですね…障害児ママの働き方は本当に悩みが尽きません。

その後、週3療育に通う日々が続くのですが、その中でもわたしの葛藤は続きました。長くなってきたので、続きは後編で。

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この記事を書いた人

べりんご
1980年生まれ、兵庫県宝塚市のクリエイター。
2023年屋号アップルポップルデザインでデザイン事業を開始。
2025年発達凸凹っ子向けリトミック教室アプリトをOPEN。
歴25年超の現役バンドマンで音楽制作にも力を入れています。

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