こんにちは。わたしは障害児を育てながら事業を始めたべりんごと申します。
突然ですが、「障害受容」という言葉をご存知でしょうか?わたしは二人の男の子を育てている母親ですが、長男が知的障害を伴う自閉症、次男は発達グレーです。長男の障害に気づいてから受け入れられるまで、本当に長い時間苦しみの中にいました。どんな人にとっても我が子の障害を受容するのは簡単なことではないと感じています。この記事では、わたしが長男の障害を受容するまでの実体験を綴っています。いま悩んでいる方に寄り添えたらいいなと思い投稿します。
こんな方に読んでほしいです
- お子さんの発達が遅い気がしている
- お子さんの発達のことで悩んでいる
- 悩みを話せる人が周りにいない
- どうしても障害を受容できない
わたしが長男の障害を受け入れるまで(前編)はこちら

週3療育の中でも葛藤は続く
もともと療育という言葉すら知らなかったわたしでしたが、親子療育で先生たちの声かけや対応を見る機会があったので、家での関わり方の参考にしたり、自分でも自閉症・発達障害に関する本を買って学び始めました。同じクラスのママさんと少し話すようになって、果てしない孤独感が少しだけ緩和したのですが、新たな問題が出てきました。
それは、「ここでも比べてしまってる自分」。生活スタイルが変わって、定型発達の子と比べて落ち込むことはなくなったけど、今度は同じ立場で一緒に療育を受けているお子さんと比べるようになってしまいました。
みんな発達に遅れがあってここに来ているはずなのに、うちの子はその中でもダントツで幼い…そんな気持ちで過ごす日もありました。そのときのわたしにこう言いたい。「比べるなら本人の小さい頃と今を比べよう」他人を軸にするから苦しいんですよね。本人が、ゆっくりでも成長していることを喜べばいいのに一体何やってんだろう…といまならそう思いますが、当時の自分はものすごく真剣に悩んでいました。
障害受容プロセスの中の、「混乱」と「否認」を行ったり来たりしていたように思います。
年少から市の療育園に週5通園
実は、保育園や幼稚園も検討していました。保育園は申し込みをしていたけど、点数が低かったので待機状態が続いていました。もし保育園に空きが出た場合、発達が遅い子はどうなるんだろう?と問い合わせたところ、申立書という書類があり、「特別支援保育を希望する」旨を申し立てて、加配枠で待機する必要があるとのことでした。年少の4月から入れそうになかったのと、療育をもっと受けさせたい気持ちも強くなっていたため、年少から市の療育園に通わせることにしました。…と言っても、市の療育園も定員数が決まっていて、年々希望者が増えていたので、決定するまではドキドキでしたが、無事入園することができました。
療育園は、保育園や幼稚園に比べると親が園に行く予定が格段に多かったです。例えば、内科、歯科、耳鼻科、眼科検診などは、親が付き添いをすることになっていたり、親子療育日、イベント、保護者交流会、勉強会、言語相談、発達相談、発達検査…ざっと思い出せるだけでもこんな感じです。とにかく、しょっちゅう園に行くって感じでした。
忙しく療育にがっつり関わっていく中で、少しずつ障害受容のプロセスは進んでいきました。年少の頃はまだ「混乱」「否認」を行ったり来たりしていましたが、年中、年長と進んでいく中で「解決への努力」フェーズに自然とうつっていきました。わたしにとっては環境が大きかったと言いきれます。こんなにたくさんの方がうちの長男のために動いてくださっている、という事実がありがたいやら申し訳ないやら複雑な気持ちになってて、同時に障害をなかなか認められていない自分が情けなくて…長男がどうこうじゃなく、私自身との対話を繰り返し、ひたすら弱い自分と向き合わされて、悩んで悩んで悩み抜いて、ふっと抜けた瞬間がありました。受け入れるまではどこか他人事のように考えることで自分を守っていたところがあったけど、ようやくこの頃から自分ごとに感じられるようになったと思います。長い長い、苦しい時間をようやく抜けました。

障害受容の最後の難関、就学問題
障害児育児をしている方の大きな節目となるのが就学ではないでしょうか。また就学については改めて書きたいと思いますが、わたし自身も本当に長い時間悩んだ末、特別支援学校という選択をしました。障害受容プロセスの最後の「受容」はこのときにできたのではないかと自分では考えています。障害児を育てている親は本当にやることが多いのですが、就学前はとりわけやることが山積みでした。
就学の選択肢は、大きく分けて4つありました。地域の公立小学校の普通級、地域の公立小学校の特別支援学級、私立小学校、特別支援学校。うちの場合は小学校の支援級か特別支援学校の2択でした。小学校への見学も何度か足を運び、校長先生とお話させてもらったり、支援級の様子を見学させてもらいました。就学に向けて動き出した当初は、小学校で定型発達の子と交わることで良い影響をもらえるのではないかという期待があり、夫婦で話し合ってその方向で考えていたのですが、介助員(学校生活の生活介助をしてくださる先生)の配置が少ないことで、トイレ問題、安全面の不安が浮かび上がりました。一方、特別支援学校には長男が年中の頃から見学に行っていて、安全面、支援の手厚さでは安心なのだけど、学習面、社会性やその先の就労についてどうしても引っかかっていました。凸凹の差が大きい長男の得意な部分は伸ばしてあげたいけど、どこまで個別に対応してもらえるのか。就労に向けて中学部から職業訓練が始まるようだが、その内容は選ぶことができるのか、など。
いろんなことが頭をぐるぐる回って悩んで悩んで吐きそうなほど悩みましたが、最終的には「長男にとって過ごしやすい場所かどうか」を軸に考え、特別支援学校を選択しました。この決断は、教育委員会の答申とも一致していましたし、入学から約1年経ったいまでは、(うちの場合は)正しい選択だったと感じています。
障害受容できた…のだろうか?
少なくとも昔よりは子どもの障害を受容できているわたしですが、いまもなお、定型発達のお子さんの様子を見て驚いたりうらやましく感じたりすることは普通にあります。なので、本当の意味で受容ができるのはまだまだ先なのではないかとも思うのです。もしかしたら、一生受容できないままかもしれないし、子どもが成長していく中で新たな悩みがどんどん出てきて、苦しみは続いていくのかもしれない。だけど、受け入れることでしか前に進めない場面が何度もありました。これからも、ダメージを食らうような出来事がたくさんあるだろうけど、受け入れて前に進むしかないと思っています。
仲間の存在がわたしを強くする
定型のお子さんたちは少しずつ親の手を離れていきますが、わたしの子育てはまだまだこの先も続いていきます。自分が歳をとっていく中で、子どもは体も大きくなり、やがて思春期に入っていき、難しい場面がどんどん出てくることは簡単に想像つきます。「はぁー…」とため息をつきたくなることも多いですが、そんなときにわたしにパワーをくれるのが、同じ状況でがんばっている人たちの存在です。障害児ママは横のつながりが生命線だと感じます。わたしは今後の活動の中で「横のつながり」を強くしていくこともやっていきたいと考えていて、また別の投稿で改めてお話したいと思います!まだお子様が小さくて、いままさに悩んでいる方の参考になればうれしいです。



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